大阪高等裁判所 昭和32年(ネ)868号 判決 1962年11月12日
理由
控訴人はまず昭和二十八年一月十日、同年二月十日の二回にに亘り、被控訴人及び訴外極東貿易株式会社を連帯債務者として、少なくとも被控訴人が連帯保証人となつて、合計金九十万円を貸与したと主張し、証拠を綜合すると、右控訴人の主張事実を一応認め得るようであるけれども、別の証拠に照すと、被控訴人が右貸借についての前記証拠は、到底信用し難く、他にこの事実を認めるに足る証拠はない。
もつとも被控訴人が前記日時に金額五十万円(満期同年三月十日)、金額四十万円(満期同年四月十日)の約束手形二通を、訴外会社あてに、金融を受けさせるためいわゆる融通手形として振出したことは、当事者間に争がなく、この事実に、証拠によると、訴外会社は、前記各日時に、控訴人に対して、右各約束手形を白地裏書によつて、譲渡した上、前示控訴人主張の各金員を、控訴人から借受けたことを認め得るけれども、一般に融通手形の振出人は、前示認定のような消費貸借について、振出人というだけで、その連帯債務者又は連帯保証人となり、あるいは被融通者にかかる代理権を与えたものと推定することはできない。殊に、証拠によつて明らかなように、被控訴人と訴外会社との間においては、右融通手形を振出すに当つて、手形金の支払については、訴外会社において責任を負い、被控訴人に対しては絶対に迷惑をかけない旨の約束がある場合には、特にしかりというべきである。控訴人は前段認定のような場合においては、融通手形の振出人は、手形債務の外、消費貸借上の債務をも負担するのが一般の慣例であるというが、かかる慣例の存在はこれを認めることができない。
(省略)
よつて進んで控訴人の不当利得に基づく請求について検討する。
(証拠)を綜合すると、控訴人は前示金額五十万円の約束手形の書替手形である被控訴人振出、訴外会社裏書にかかる金額五十万円(満期昭和二十八年五月十日)の約束手形一通と、前示金額四十万円(満期同年四月十日)の約束手形一通とを、それぞれその満期の頃、訴外会社代表取締役榎本英彦にだまされて、被控訴人振出名義の偽造手形各一通(甲第二号証の一、二)と引換えに、これを書替えて榎本英彦に、ついで同人は被控訴人に返却したことを認めることができる。
控訴人は右手形の書替、返却は、被控訴人の代理人榎本英彦との間になしたものであると主張するが、これを認むべき証拠はない。しかし、控訴人と榎本英彦すなわち訴外会社との間の右書替契約は、前段認定の事実関係でああるから、控訴人のいうとおり、要素に錯誤があつて、無効というべきである。
控訴人は、右手形二通の所持を失い、しかも公示催告、除権判決の申立ができないから、右手形上の権利を喪失したというが、前段認定のような事実関係の下では、手形の所持を失うことによつて、手形上の権利が直ちに消滅するものでなく、また被控訴人に対しその権利の行使が可能であることは、この点に関する原判決の説明どおりであるから、これを引用する。
控訴人は右原判決の説明に対して、人を欺罔して手形を詐取するような人間は、その手形を破棄するか、隠匿するから、これが返還を受けることができず、手形上の権利の行使は不可能となるというが、本件において榎本英彦が、かかる行為に出てたことはないのみならず手形が破棄されたりまたは隠匿されてその所在が権利者に判明しない場合でも、これによつて手形上の権利自体は直ちに消滅するものにあらずただ権利者は手形の所持に伴う、法律上の効果を享受し得ないこととなるにすぎない。従つて権利者に必要ある場合には、除権判決を得て、これに代えれば足りるわけである。
以上説示のとおり控訴人は本件手形の所持を失うことによつて、当然にその手形上の権利を失うものでないのみならずこれを被控訴人に対して行使することも法律上可能であるから、この点についての控訴人の主張は採用し難い。
なお控訴人は、被控訴人は当初本件手形を所持することを、控訴人に知らしめず、控訴人がこれを知つたのは、すでに手形債権の消滅時効が完成した後であつたというが、消滅時効によつて、権利の消滅するのは、権利者がその権利をある期間行使しない事実に、法律が付与した効果であつて、榎本英彦の前示欺罔行為と何等関連のないところであり、むしろ控訴人こそ、本件手形上の権利者として、被控訴人に対し訴訟を提起する等(場合によつては確認訴訟)時効中断の手段に出で消滅時効の完成を妨げるべきであるから、仮りに被控訴人が本件手形の所在を控訴人に知らしめなかつたとしても、本件手形債権の消滅時効の完成によつて消滅したのは控訴人の権利不行使に基づく法律上の効果であつて、被控訴人の右行為によるものではない。
控訴人は被控訴人の時効完成を主張するのは、信義則に反して許されないというが、もしそうとすると、控訴人の本件手形上の権利は他に消滅原因のない限り、依然として存続するわけであるから、この手形債権を失うことによる不当利得成立の余地のないものといわざるを得ない。
してみると本件においては、不当利得の成立もまた認めることができないから、控訴人の予備的請求も理由がない。